芸術と園芸 1
原因はまったく美学上からおこったとみている。
古典園芸植物の花 種は子どもにもわかるような、一見して明快な美しさを欠いている。
その美学はアブストラクト芸術にたとえられよう。
アブストラクト芸術はそれを理解し、それを鑑賞するには、そのための教養と知識が必要である。
古典園芸植物をみて、その価値のわからない入は、それに対する教養と知識の欠けた人といえよう。
古典園芸植物は江戸時代の後期に、アブストラクト・アートとして、ほとんど頂点まで登りつめてしまった存在である。
それが理解困難になったとしてもなんの不思議もない。
ただこういうことは言える。
つまり物事でも芸術でも、最高の段階になると、それは本来の姿を失ってくる、ということだ。
最高の段階になった古典園芸植物は、この弱みを露呈してきているとみることができよう。
江戸期に世界に類例のない花卉園芸文化を発展させ、その頂点として生き残った古典園芸植物はいまは衰退、絶滅の境に入りつつある。