なぞのインダス文明
巨大な穀物倉庫も無用の長物となり、人びとは豊かな土地を求めて移動していきました。
そして、モヘンジョ=ダロは褐色の大地に埋もれた死者の丘となってしまったのです。
モヘンジョ=ダロの市街地には、高さ6メートル近いレンガ積みの井戸が残っています。
インダス川が氾濫して市街地が洪水を受けるたびに、縁を高くしていったために塔のようになった井戸です。
洪水が来る土地というのは、ナイル川でも解説しましたが、古代の農耕文明では、決して不毛の地ではありません。
しかし、雨が降らなくなり、川筋が変わっては、その洪水もめったに押し寄せてこなくなったのです。
焼きレンガの廃塊がタ陽を浴びて、オレンジ色に輝くのを見ながら、モヘンジョ=ダロの都市文明を築いた人びとは、いったいどこに散っていったんだろうと考えます。
やはりインドなのでしょうか。
それともアラビア海を渡って、メソポタミアに渡った人たちもいるのかもしれません。
「どんなに優れた文明も自然には勝つことはできない」
でも、その文明を携えてほかの土地で生き残った人びとはきっといたはずです。
インダス文明については、まだまだわからないことがいっぱい残されたままです。
インダス文字の解読や、今後の発掘作業が進展すれば、もっともっと新たな発見や解釈ができるようになるでしょう。