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2010年06月 アーカイブ

滅亡の本当の原因は・・・

私は、モヘンジョ=ダロの滅亡や衰退のいちばんの原因は、地球規模の気候変動と、それにともなうインダス川の流路の変更によるのではないかと考えています。

地球のまわりには「収束帯」という、雨を降らせる帯が、北半球にも南半球にも1本ずつ、それぞれ緯度でいうと25~40度前後のところをとり巻いています。

日本が水に恵まれているのも収束帯のおかげです。

この収束帯は、太陽の黒点活動の影響などを受けて、長い年月のうちに、ときどき上下に移動することがあります。

古代、モヘンジョ=ダロが栄えたころは、インダス川の上中流域は豊富に雨が降った地域でした。

モヘンジョ=ダロにも3回以上、大洪水を受けた跡が残っています。

ところが、地球規模で収束帯の移動が起こり、雨が降らなくなります。

当然、インダス川の水量が減少して川筋が変化してしまい、モヘンジョ=ダロ一帯が砂漠化することになります。

川筋が変わると、地表上の問題だけでなく、地下水にも変化が起こります。

地盤全体が塩害で汚染され、穀物を豊かに実らせたインダス流域の農地も荒廃していきました。

なぞのインダス文明

巨大な穀物倉庫も無用の長物となり、人びとは豊かな土地を求めて移動していきました。

そして、モヘンジョ=ダロは褐色の大地に埋もれた死者の丘となってしまったのです。

モヘンジョ=ダロの市街地には、高さ6メートル近いレンガ積みの井戸が残っています。

インダス川が氾濫して市街地が洪水を受けるたびに、縁を高くしていったために塔のようになった井戸です。

洪水が来る土地というのは、ナイル川でも解説しましたが、古代の農耕文明では、決して不毛の地ではありません。

しかし、雨が降らなくなり、川筋が変わっては、その洪水もめったに押し寄せてこなくなったのです。

焼きレンガの廃塊がタ陽を浴びて、オレンジ色に輝くのを見ながら、モヘンジョ=ダロの都市文明を築いた人びとは、いったいどこに散っていったんだろうと考えます。

やはりインドなのでしょうか。

それともアラビア海を渡って、メソポタミアに渡った人たちもいるのかもしれません。

「どんなに優れた文明も自然には勝つことはできない」

でも、その文明を携えてほかの土地で生き残った人びとはきっといたはずです。

インダス文明については、まだまだわからないことがいっぱい残されたままです。

インダス文字の解読や、今後の発掘作業が進展すれば、もっともっと新たな発見や解釈ができるようになるでしょう。

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